2011年10月30日日曜日

アケビを収穫しました

東広島市河内町で大きなアケビ(木通)を見付けました。
団扇は、ごく一般的なものです。
いかに大きいかが解ると思います。
これまで、自分としてはこんな大きなアケビをみたことがありませんでした。
いつも見かけるのは、フルーツショップでも、この半分くらいのおおきさでした。
そとの皮の色も紫色だったのですが、このアケビはキウイみたいな感じのものでした。

中にヌルヌルしたゼリー状のものと、黒い種が入っていますが、アケビはこのヌルヌルを食べるものと思っていましたが、この皮の部分も中に詰め物をして揚げ物にして食べられるようです。
今度、是非挑戦したいと思います。でも黒い種についているヌルヌルはちょっとしかないのが寂しいですが、蟻が遠くへ種を運んでくれる仕組みだそうです。
葉っぱも御浸しで食べられ、ツルも塩で付け込んで食べられるようですが、ツルは塩辛いだけで味は無いそうです。
ツルには利尿作用があります。ここに山形のあけび栽培のページがあります。たしかに大きさはこの山形の栽培された大きさのものが、自分としては一番大きかったのです。おいしい食べ方が紹介されています。

2011年10月6日木曜日

50ccバイクの可愛いナンバープレート

先日、近所で道後ナンバーの50ccバイクに、
可愛いナンバープレートがついているのを
発見しました。
雲なのでしょうか?
いずれにしてもかわいいですね
東広島市の気がきいたナンバーに
すればいいのに

課税標識のデザインは市町村が条例で定められていて、
2007年以降は、独自のナンバーを導入する市町村が増えていると
いうことなので、調べてみると、サクランボや名探偵コナンの
イラストが印刷されたものなど、各市町村の意気込みが感じられますね。
登録者が増えて税収と、市町村のイメージアップに繋がるのなら
いいとおもいませんか?

2011年10月3日月曜日

第32回郷土史展「東広島の明治維新」、ご来場御礼

平成23年9月27日から10月2日まで、開催されていた、
第32回郷土史展「東広島の明治維新」
~志和に結成された神機隊と広島藩の隠れ城、八条原城~
に連日多くの皆様にご来場いただきありがとうございました。
6日間の入場者数は、約850人で、中には3度来場された方もいらっしゃいました。
入場されて正面には、右から木原秀三郎、中央:坂本龍馬、
左:勝海舟の等身大の写真が出迎えました。
ペリー来航で、これからの日本を案じた、木原秀三郎が学んだ
勝海舟の私塾海軍塾、そこで坂本龍馬と出会います、その龍馬
に贈呈されたのが、木原秀三郎が腰に差している、土佐の名刀
左文字です、土佐の正宗とも称される新々刀の名刀です。
大好評のうちに閉幕いたしました。
フジグラン東広島2F、東広島市民ギャラリー会場には、木原家のご子孫、関係者の皆様、多くご来場いただきました。
木原秀三郎のことについて詳しく解説をしました。今回の
郷土史展で、明治維新において活躍した郷土の方々が
おられたことを初めて知った方に感動された入場者が多く
いらっしゃいました。感動をされたかたも多かったようです。
幅広い年代の方々が、神機隊の功績、木原秀三郎氏の先見性を知ってくださいました。
NHKのニュースや新聞などの報道を見られて、広島市内など遠方からも多くの方がご来場くださいました。
神機隊の戦歴地図と東北戦争での戦歴地と戦死者の墓
東北大震災地と墓のある寺院と原発事故の影響地図の
展示をいたしました、広島と福島・仙台の方々との所縁を
多くの方が知ってくださいました。
神機隊士の持っていた鑑札、御扶持受取鑑とある
今回の郷土史展に来場された方が、持参された札です。
今回の大収穫のひとつです。給料の米を受取るために
必要な、鑑札です。大発見です。ありがとうございました。
こういった発見があるのも、郷土史展を開催する意義の一つでもあります。多くの方々が幕末の日本について関心を抱いて頂いている所以と感じております。
福島県双葉郡大熊町に伝わる民話が集録されています。この中に
下に掲載しているような広島藩の神機隊士のふるまいについて書
かれています。
大熊町の民話集によると、次のような内容が掲載されています。
クリックしていただくと大きな画像になります。
戦争のさなか、火傷をおった我が子と家に残る母親に気遣い、座敷の仏壇を見て同じ浄土真宗の仏壇と分かり、拝んでお金を供えで立ち去る広島藩の隊士の話が伝わっています。
信仰の熱い、安芸門徒の話です。おなじ浄土真宗の農民同士の気持ちが感じられます。
神機隊の規則は厳しく、戦いといえども、略奪や姦淫を許さずということが書かれています。
神機隊は、米蔵など接収するわけですが、地元から救荒米であるので、返還を求められ、農民の
為に立ち上がった神機隊であるのに、戦った相手とはいえ同じ農民を苦しめるわけにはいかぬという理由で、無償で米を返還したという記録も残っています。

明治維新に活躍した方々が地元におられ、大変な働きをされ、また数々の逸話も残っていることに感動された方が多くいらっしゃいました。

おそらく日本各地に、東軍西軍を問わず、隠れた話があるのだとおもいます。
幕末の激動期に、日本の国を守り新しい世の中をつくろうとする郷土の先輩に感謝と敬意を表したいとおもいます。
今回の記録は、すべてデジタルアーカイブとして保存されます。
またいつの日か新しいデータと共に、発表の場が来ることを願ってやみません。